立川市の歴史|立川市ポスティング.com

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立川市の歴史

向郷遺跡から人の痕跡が発見されたことから、市域には約1万3千年程前に、人が住んでいたと言われています。また、土地が平坦で自然も豊かだったので、古くから農業が盛んだったことが伝えられています。
平安時代に、地頭として立川氏が来て、まもなく諏訪神社が建てられました。東京の西部には、信州の諏訪大社から勧請された諏訪神社が数多く存在し、このとき建てられた諏訪神社もその一つです。
鎌倉時代、立川氏が勢力を誇り、1353年に建てられた普済寺には立川氏の居館があったそうです。その後、立川氏は小田原北条氏に仕えますが、1590年に豊臣秀吉によって八王子城と共に滅ぼされました。
江戸時代、徳川吉宗の新田開発政策により、この地の新田開墾が始まります。1654年には武蔵野台地開墾の源となった玉川上水が建設されました。上水は街に飲料水を供給する上水道の役割や農業を中心とした地域振興、食料供給の安定の効果も生み出しました。
明治に入り、それまで武蔵野台地の一寒村に過ぎなかった村は、1881年に柴崎から立川へと村名を改変すると、甲武鉄道(現在の中央線)の開通や立川飛行場の開設に伴い、発展が進みました。
日本が戦争に敗れてからは「米軍基地の町」として歩みますが、1963年に砂川町と合併し、現在の立川市が誕生、1977年に立川基地が全面返還されると、基地跡地を利用した「まちの再開発」が始まりました。
現在では、国から首都圏の「業務核都市」に位置付けられ、商業や文化など、都市機能が整備され、「心のかよう緑豊かな健康都市立川」の実現を目指し、発展を続けています。

(立川市資料提供)
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